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建築、学生 非日常の日常

PowerShot S120で撮る

2017/04/10

遅ればせながら新年度スタート。今までのように流されるのではなく自覚的に行動しなければならない。

六本木、国際文化会館藤本壮介さんのレクチャーを拝聴。

食わず嫌い的な苦手意識を持っていた建築家だったけれども、素直に面白かった。

シークエンスを意識して、巧みに変わる空間演出はエンターテインメントだ。空気をまとわせ、霞むような輪郭、、。物質性と、機能性を、剥離・分解したフォルムはメタファーとした森の魅力を確かに持つと感じさせる。

 

一点、一点のパースが、写真が、抜群に美しくて見ているだけで多幸感に包まれる。

実際にそうした空間に行って体験したいと思わせる。

いまだ知らない快い感覚を与えるという意味で、すぐれたアート作品。

www.oxoarch.com

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隣接する夜桜の鮮やかな庭園を眺めながら、また一つスクラップブックのページが増した喜びを味わう。

 

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2017/04/04

 『蜜蜂と遠雷』読了

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

 昨年の直木賞受賞作。非常に良かった。

若者の友情、成長、若々しい輝きのすべてがある。

2週間という一瞬の濃密な物語、そして清々しい読後感。過去作『夜のピクニック』の素晴らしいエッセンスとの幸福な再会だ。

クラッシックピアノのコンテスト、音の世界を言葉に置換する凄まじい技量、難しい主題でこれだけの長編を読み切らせる、、。作家って凄いなあとつくづく思わされた。

 

ういういしい気持ちになって、頑張れそうだ。 

夜のピクニック(新潮文庫)

夜のピクニック(新潮文庫)

 

 

2017/2/6

笠原小学校見学に懐かしの宮代町へ。

父の旧知の方々に久しぶりにお会いし、案内していただいた。 f:id:sumus:20170206122240j:plain

進修館、素晴らしかった。

40年弱、リノベーション等で変わった訳でもなく愛され、使われ続ける。稀有で貴重。

何がそれを成り立たせているのか、建築としてのチカラはどこから来るのか。もっと知りたくなった。

 

笠原小。

学校はまち。教室は住まい。学校は思い出。

ハンス・シャロウンの集合住宅的な形態、並ぶ甍が町並みで豊かな植栽から望む。学校建築には無い美しさがある。

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住まいとされた、教室は各個異なった雰囲気をまとい。まさに家庭だなと感じる。

全体は周囲の空気を含む空間全てを取り込んだ作りがなされ、開放的だ。

学校を取り囲む柵が低い竹垣だというのが特に気に入った。

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都市圏の外縁にて。人と人の距離感がとても近いまちで、素敵な一日を楽しんだ。

2017年1月1日

人生の転機にはいつもこの人の作品が隣りにあった。

中学、高校そしてそれから、、。ずっと読み続けてきた沢木耕太郎さんの作品に、行き詰まった今の自分を変えてくれるなにかを求めて、『春に散る』を手にした。 

春に散る  上

春に散る 上

 

 やさしいな、慰めか。

敗れた者、壊れる者、何かを求めて求めて満たされることのない終わりない日々を生きる者。作家はまっすぐな眼で見つめ、なぜと問い続けることで不器用な人々の生き様を描き続けてきた。

『春に散る』はそうした者たちへの願いにも似た手向けに見えた。

苦難の果ての結末がこのような分かりやすい幸せであってほしい、、。

 

生きることに戦い続け、その有様を強烈に示し続けた作中の昭和の人々に改めて敬意を表したいと感じた。

12/15

放課後、新宿テアトルにて『この世界の片隅に』鑑賞

konosekai.jp

しあわせってこんな形なんだなとしみじみ。

健気で、すこやかで、その時を生きていて、、。

今の自らの価値観を見直す。

 

劇場を出て夜の街がキラキラとまばゆくて、なんだか目がくらんだ。

あまりに豊かな、豊かすぎる今に、、。

 

目が明るさになれるように、あっさり慣れてしまう自分。もどかしく感じた。


映画『この世界の片隅に』予告編

12/5

平成の記憶しか持たない自分に、ハンセン病を経た長い人生を考えさせてくれた。

([と]1-2)あん (ポプラ文庫)

([と]1-2)あん (ポプラ文庫)

 

 物語は桜舞う春に始まり、春に終わる。

甘い香りに包まれた中に、それぞれの孤独と傷を抱えた人がいる。

全て甘く優しい訳ではなく、様々な塩梅の辛い痛みを与える、、。

最後の手紙でさらっと語られる悔しさは人に余りあるものだ。でも、静かに穏やかに、微笑むことができる今であってほしい。

 

3年前に偶然訪れた沖縄の療養所。美しい入江の、静かで、異質な雰囲気をたたえた空間。どのような想いがあそこに満ちていたのか想像する。

11/30

今日、読み終えた2冊の本から今の人の、今の価値観をみた。

 世の中、変わったなと、、。

 

 ゆるい就職、JK課、NEET株式会社、就活アウトロー採用、、、。

ゆるいってなんだろう。序列でも、かつてあったような平等を謳うでもなく、、。現状では生産性が低いなと思える。固まった社会を生きづらく感じている人々に、うまく場を与えることで何かが生まれてくるといいなと期待させる。

ただ、ゆるくていい、自分なりでいいという選択肢は、なんだか心豊かな気がして、、。日本にももっとアウトサイダーな生き方があってしかるべきなんだ。

 

魔法の世紀

魔法の世紀

 

ユビキタスを超え、場となってゆくテクノロジー。テクノロジーのエーテルに包まれた世界、コンピューテーショナル・フィールド。

まるで魔法のような世界で、おとぎ話のようだが、いずれ実現することが実感される。

そうか、今は魔法の世紀なんだな、、。

現在は捨象されたものとしてのデジタルも、処理技術の進歩とともに味わいや、はてには感情まで持ってしまうんだろうか。AIがオートメーションで創る作品に共感し感動する日が訪れるのだろうか。

 

好きなSF漫画の言葉が、予言のように思い出された。

"企業のネットが星を覆い電子や光が世界を駆け巡っても国家や民族が消えてなくなるほど情報化されていない近未来” ー『攻殻機動隊』 第1ページよりー 

攻殻機動隊 (1)    KCデラックス

攻殻機動隊 (1) KCデラックス

 

 情報端末に日々接触する我々の、曖昧で、いつの間にか全く変わっている世界観。明日にはSF世界にいても不思議じゃない予感がする。

2冊を読んで実感する。この20年を考えてなんだか遠いところに来てしまったなと、、。それと同時に何かを置き忘れてしまった。ヒトとして大事なものを捨象して生きているなと感じる。

だって最近の人間って人間臭くないんだよな(笑)

 

著者二人の顔を検索する。どちらも笑ってしまうくらい胡散臭い。

現代の救世主はこうしたアウトサイダーから出てくるのだろうか。

 

結局、確かなものは何一つ無くなってしまった、それだけが唯一の確かなことなんだと再確認、、。